【前編(5)】
「あたしはあんたを許さない…あの方の愛を一身に受けながら逃げ出したあんたを…。今もあの方が執着しているあんたが大嫌いよ。『マリア』」
教室が崩れ去る。
目の前でそう口元に笑みを浮かべる少女の髪はいつのまにか紫色に変わり、服装も大人びていた。体が動かず、ただ見つめてしまう。
紫色の髪と瞳。スケート選手が着るような裾がひらひらとした可愛らしいワンピース。首と胸元はさらけられ、色の白い脚線美が腿のぎりぎりまで露になる。
「…久しぶりね、マリア」
少女は先程までの幼さを無くし、高校生くらいになっていた。
「あの方があんたを捜せと命じたの。だから来たのよ」
妖子は何も言わず、美羽だった少女を見つめる。美羽の表情が段々と潜められていく。
「まさかあたしを忘れた訳ないわよね?」
忘れはしない。忘れられない。
---…許さない…ッ!なんであんたがッ…!あんたなんかがぁあっ!
「…どちら様でしたっけ?」
いつもと変わらぬトーンで答えると、頬を張り倒された。
「よくもまぁぬけぬけと…そんなことがいえるわね」
「生憎知り合いに美人が多すぎて覚えきれないんでさぁ。あたしゃあんまり賢くないもんで」
そういうと再び目に火花が散るほど強く打たれる。
「…いいわ。思い出させて上げる。あたしはダリア。父様の命令により、あんたを連れ戻しに来たわ。さっさと魔界にお戻り、この娼婦が」
ダリア。と名乗った少女はそう告げ、腕を組む。
「あんたみたいな牝のどこがいいのかしら。許せない…。あたしの方が美人だもの」
「そうっすねぇ」
ひょうきんに構えている妖子だが、きつく打たれた頬は赤く腫れ、口の端に血が滲んでいる。
「あっさりあたしの術中に嵌まるような役立たずのどこがいいのかしら」
納得いかないといった表情のダリアを見ながら、妖子はふっと息をつく。
「あたしを連れて帰るようにと?」
「そうよ。だから何?」
連れて帰ってこい。違う。
「あの男がそんなこと言うはずがありやせん」
「…何ですって?」
ダリアの視線に殺気がこもりだす。
「あの男はこう言ったんじゃありやせんか?『魔性を見つけてみろ』と」
「ッ!?」
そっくりの言い方。口調の癖までコピーできる。声色だっていらないくらいに。ダリアは目を見開き、唇を噛み締めている。
「あの男はハナから期待しちゃいない。あたしが戻ることなんて」
「煩いっ!」
ダリアの瞳に憎しみの炎が見える。けれど妖子は何とも思わなかった。
「…ゲームなんすよ。あの男にとって」
麗しい黒髪がなびき、薄紅色の唇が弧を描く。
真っ赤な瞳は底無しの紅。
「あたしらって存在は玩具でしかない。アンタ気付いてないんすか?弄ばれてるだけだって」
「ぅ…煩いうるさいウルサイィッ!黙りなさい!」
ダリアの絶叫とともに、彼女指先が変化する。
それは猫科の動物特有の爪としなやかさで、伸びた爪からは攻撃的な殺意が芽生えている。
この作品は、ひとみの内緒話管理人、イネの十四郎様から投稿していただきました。
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アブナイ体験とSMチックな官能小説