【後編(9)】
「…ご所望の品です」
「…本当に、こんなことが…」
魚月は、聞こえた声が陽菜でないことに反応する。しかも片方は男だ。
先程の自分達を呼びに来た少女ともう一人。
けどこの声は…。
「ハイ。お客様のご要望通り…青山魚月を雌奴隷にいたしやした」
非現実的な言葉。だけどそんなの気にもならない。
顔を上げた先にいたのは。
「…かい…ちゃん…?」
海斗。海斗がいる。
だれよりも会いたかった人が、目の前にいる。
少し驚いたような顔をして自分を見つめている。
「…お嬢さん、今日からこの人がアンタの御主人様ですよ」
少女が微笑む。黒い黒い髪が揺れ、真っ白な肌に映える赤い唇が笑う。
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「…かい…。…御主人、様…」
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涙が頬を伝った。
海斗が、また少し困った顔になり、自分の首輪に繋がる鎖を渡されている。そして床に膝をつき、魚月の髪を撫でる。
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「…やっと…俺のになったな…魚月」
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羞恥も、苦しさも、困惑も消える。
ただ嬉しさに満たされる。
こんな形だって構わない。私は…
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貴方ニ愛サレタカッタカラ……
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「…つくづく、人がいいですよね。妖子様は」
足元で奉仕をする魔御の言葉に、妖子は顔を上げる。真っ白な妖子の足を舐める舌が熱く、時折くすぐったさに妖子は目をつむる。
「何がすか?」
「近江陽菜の願いを叶えた時から、こうなることを計算していたんでしょう?」
陽菜の最初の願い。瑠璃を自分のものにすること。
あの日の陽菜は、愛憎にまみれた少女だった。
「…あの子は思い上がり過ぎた。全部自分のものに出来ると勘違いしてしまった…可哀相な娘。人間らしい欲望が強すぎたんだ」
「魔御」
足を舐めながらそう呟いた魔御の髪を、妖子は撫で下ろす。
「あまり悪くいうもんじゃないっすよ? 人間なんて、そんなもんなんだから」
「…そうですね」
陽菜は、まだあの部屋にいた。
悲鳴は止んだが発狂寸前なのか、笑い声と絶叫が交互になっている。
だがすぐに狂わないように、時折話し掛けてやるのだ。
そのせいで、彼女は狂いきれずに壊れていっている。
妖子は優しい分、ひどく残酷だった。
海斗と魚月を結び付けて幸せにしてやったのに、陽菜をなぶり殺していく。
姉の瑠璃には新しい主を宛がってやった。
彼女が何をしたいのか、何を思っているのか。魔御達にはよくわからない。
ただ悪人に成り切れない不器用な彼女をとても愛おしく思ってしまう。
「…魔御」
「はい」
少女は、変わらぬ声で自分達の名を呼ぶ。黒髪をかきあげると、美しい真紅の瞳が見える。
「…いや、何でもありやせん。奉仕を続けて」
「…はい」
魔御の唇が、足の甲に口づける。
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いつになったら、アタシは裁かれるのだろう。
あるべき定めから逃げ、やりたいままに生きている。やりたくないことからはもがいてあがいて離れて…。
愛しい者達に愛され、幸せ過ぎる日常。
支配も劣情も沢山だ。
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なのに…。
(…アンタの言葉が、耳から離れないんだ)
もう一度、会おうと言ってくれた人。
こんな自分を愛してくれた人。
優しい口付けと髪を撫でる指と、名前を呼んでくれる声。
この気持ちはまるで冬の海鳴り。
瑠璃色の涙を流せる程、もう純粋な恋には戻れない。
【青海瑠璃 完】
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