【第5話】
「くっ、くそ~!覚えてろよ~!」
「今度、また悪事を働くと真っ二つに、たたっ切るぞ」
黒服の男は逃げ去る悪漢の背中に言葉を浴びせた。
「お嬢さん、怪我は無かったかい?」
「大丈夫じゃ。すまぬ、助かったぞ。礼を言う」
「こんな夜更けにひとり街の中を歩くというのはちょっと無茶というもの。宿はとっているのか?」
「宿……?そんなものはない」
「ない?それはいけない。まさか野宿というわけにもいくまい。良かったら僕の家の来なさい。妹もいるし」
チルは黒服の男の目を見つめた。
鳶色の瞳をしている。そして澄んでいた。
襲われたショックはまだ残っていたが、目の前に救世主のように現われた男の瞳に吸い込まれそうな何かを感じたのであった。
チルは少し考えてから、黒服の男に言った。
「では、言葉に甘えるぞ」
黒服の男の名前はシャロックと言った。
歳は二十五才。十三才の妹と二人暮らしをしていた。
彼らの両親は、すでに他界していたので、シャロックが父親代わりになり妹の面倒を見ていた。
およそ十年前に家に暴漢が押し入り、抵抗した父親とともに母親も殺害されたのであった。
シャロックは十五才から働きに出、貧しいながらも生計を立てていた。
だが、シャロックの犯人への恨みは消えることはなかった。
いつの日か、必ず復讐すると心に誓った。
そのためには強くならないくてはならない。
シャロックは近所に住む剣士に剣の扱い方を学び、めきめきと腕を上げていった。
ある日、城下の御前試合に出場し、十九才で見事優勝を果たしたのであった。
当然、城からは王を守る近衛兵に抜擢したいとの誘いがあった。
しかし、シャロックはその光栄なる誘いをきっぱりと断った。
近衛兵になれば、復讐という勝手な振る舞いはできなくなるからであった。
だがトゥルース国はあれだけの腕を持ちながら、埋もれさせるのは惜しいと考え、彼に兵士への剣の指南役を依頼した。
この依頼は、シャロックも快く引き受けることにした。
言わば非常勤嘱託のような立場であったからである。
チルはシャロックの家を訪れた。
町屋の家庭を見るのは初めてである。
見るものすべてが珍しい、城と比べれば何もかもが粗末なものではあったが、何故かしらチルは暖かい何かを感じ取ったのであった。
妹は、マリアンヌという名前であった。
チルと同じブロンドの美しい娘であった。
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