【第3話】
城外のことは何も聞かされていない、言い換えるならば世間知らずであったことが、結果、吉と出たわけである。
本来ならば腕の立つ剣士を二、三人は従えていてもいいくらいであったのだ。
ラ・ムーはとても賑やかな街であった。
もうすでに夜更けだというのに、人の往来も多く、店屋もまだかなり開いていた。
チルは喉が渇いていた。
また、着の身着のままで出て来たため空腹感に襲われていた。
閉店間際のくだもの屋の親父が、並べてあった商品を片付けていた。
チルは、店頭のリンゴをひとつ手にとって、親父に一言いった。
「そなた、これをひとつ貰うぞ」
「これはこれはきれいな娘さんだね、いらっしゃい。もう店を閉めるからまけとくよ。一個1フランにしておくよ」
「え……?1フラン?もしかしたら金のことか?そんなものはない」
「ないって~?そんな馬鹿な~。からかっちゃいけないよ~、いくらきれいな娘さんでもさ~。さあ、早く払ってくれよ~」
「いや、本当にないのだ」
「なけりゃ、悪いがそのリンゴは売れないな~」
「そうか…。ダメか。仕方がない」
チルは手に持ったリンゴを親父に返そうとした。
親父は怪訝な顔付きでチルに言った。
「ところであんた、相当高貴な方のようだね。その服装といい、言葉づかいといい。どこかの貴族の娘さんだろう?何か訳があって、家を飛び出したんだね」
「いや、そんな者では……」
「言わなくてもいいよ。何か深い訳があるんだろう。このリンゴやるよ。持って行きな」
親父はそういって、チルにリンゴを二つ手渡した。
「くれるのか?それはすまない。礼を言うぞ」
「それはそうとあんたそんな目立つ格好で街を歩いていると、性質の悪い奴に狙われるぞ。気を付けた方がいいよ」
「この服装はそんなに目立つか?」
「はっはっは!街の娘はそんな良い服を持ってないよ」
「そうか。目立つか…。気を付けよう。ありがとう」
チルは礼を言って店屋を後にした。
チルは歩きながらリンゴをかじろうとしたが、あまりのも行儀が悪いと思い、狭い路地を曲がり、置いてあった空き箱に腰を掛けた。
そして空腹を満たすため、早速親父に貰ったリンゴをかじった。
口の中に甘酸っぱさが広がった。
それは初めて出会った街人の優しさと、生きていくためには金というものがいるという教訓。
まさに甘さと酸っぱさとを同時に味わった思いであった。
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