少女が贖罪のために男に身体を

 

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第32話
舞衣の覚悟 その1


8月23日 土曜日 午後8時  吉竹舞衣

午後8時前。副島と名乗る男の指示に従って私は、総合病院の前に立っていた。
そして、正面横にある夜間受付の窓口へ向かう。

こういう施設って、昼と夜とでは雰囲気がまるで違う。
つい先日、有里のお父さんのお見舞いで訪れた時はお昼間だったせいかな。
ある意味での怖さなんて感じたりすることはなかった。
でも人の気配が消えた建物は、不安に震え始めている心に、充分な威圧感を持って出迎えてくれる。

私は後ろを振り返った。

ここまでエスコートしてくれて、ありがとう。
私のことはもういいから、あなたは有里の傍にいてあげてね。
ここからは、ひとりで頑張ろうって決めたの。
だからあなたには悪いけれど、ごめんね。

そう。今夜この場所で私に降りかかる残酷な試練を、あなたは知っている。
知っていて、それでも引き留めることなく私を励ましてくれた。
そんなあなたの気持ちが嬉しくて、だからこれ以上寄り掛かるわけにはいかないの。
やっぱりこれって……贖罪だから……

「……ここが受付ね」

不安を振り払おうとわざと声を口にして、私はぽつんと明かりが灯った窓口へと足を速めた。
鼻から息を吸い込んで、自分の名前と呼び出し人である副島という名を告げた。

窓口の女性は、わたしの顔を覗き込むようにして視線を下から上へと走らせる。
明らかに急患に接する態度とは違う、意味ありげな笑顔。

いやな感じ。でも仕方ないのかな?

諦め感に自分を満足させて、私は壁際に設置された長椅子に腰を落ちつけた。

10分ほど経った頃、わたしを迎えに来たのかスーツ姿の職員が姿を現した。
そして、無言のまま通路の奥へと歩き始める。

夜間勤務ということを考えれば仕方ないかもしれないけれど、こんな無愛想な接客、私は初めて。
一応、客の立場だと思ったけれど違ったかな。
それにしても大きな人。
そう、肩幅が広くてがっしりとした体格をしている?

大きな身体? がっしりとした体型?
あれ、この人……?
……多分……そうだと思う。
この前、電車の中でビデオカメラを回していた人。
私と有里、それに千里お姉さんを隠し撮りしてた人。

でもなぜ?
なぜこの人が病院に?
分からない。全然分からないわ。

だけどそういうことは?
有里もこの人に案内されたのかしら?
そう思うと、ついつい目の前を塞ぐようにして歩く職員に、複雑な疑問と興味をかきたてられた。

院内であるにもかからわず、白衣を着用していない。
この人は何者なのか?
さっき出会った時から気にはなっていたけど、ここまで感情を露わにしない人を私は初めて目にした。
そしてこれが一番大事なことだけど、この職員は有里のことをどこまで知っているのかな?
他にも知りたい疑問や興味は、いくらでも湧いてくる。

いっそうのこと、思い付くままの疑問を背後からぶつけてみようかな?
そんな衝動にかられてくる。

やがて無言の案内人は、院内の奥にある部屋の入り口までエスコートすると、私の存在を無視するかのように去っていった。

随分とセキュリティーの高そうな部屋のようね。
ドアノブに数字の並んだキーボードが設置してある。
きっと、この扉の向こうで有里は……

病院という施設には不釣り合いな装飾に飾られた扉に手を掛けると、私は静かに開いた。

「約束通りに来てくれましたね。吉竹舞衣さん」

……驚いた。こんな所に立派な応接室があるなんて。

おそらくこの部屋に設置されてある調度品のほとんどが、高級な輸入家具じゃないかしら。
デザインのひとつひとつが洗練されていて優雅。
父が買い求めたセンスの無い家具類とはまるで違う。
私は声の主を無視するように、部屋中に目を走らせた。

間違いないわ。
ここで有里は男の相手をさせられたんだ。
この革張りのソファーも、床を覆う絨毯の柄も、映像に映り込んでいたものと全く同じ。
そして……そこに座っている人も……

「どうしたのです。さあ、こちらへどうぞ」

入り口で様子を窺っている私に、男が声を掛ける。

その瞬間、頭の中でひとつの映像が描き出された。
今の私と一緒、部屋の入り口付近で警戒するように立っている有里の姿。
家族のため、その身を捧げに来た彼女のことを思うと、胸が張り裂けそうになる。

もう一度私は、哀しい出来事を知っているこの部屋に視線を這わせた。
この身体が汚される前に、記憶の1ページとして焼き付けておきたかったから。
おそらく数時間後の私には、違う光景に見えていると思うから。

いよいよ、ここの主と対面する。

私は、わざと避けていた視線を部屋の中心に合わせた。
その人は、4人掛けのソファーの中央で、長い足を投げ出すようにして座っていた。
そして、有里の心と身体を弄ぶように踏みにじった憎い男。

やるせない怒りに、心と身体が支配されていく。
このままではいけない。

私は心を焦らせながら、男の姿に視線を合わせた。
そのまま下から上へとゆっくりと移動させる。

人を見下すような失礼極まりないやり方。
きっと、された方はいい気はしないし自分も嫌い。
だけどその方法で、穴が開くほど見つめてあげた。

長身だけど華奢な作りの体型。
それにフィットしたブラウン色の高級そうなスーツ。
年令は30歳前後に見えるけど、自信に満ちた顔にはそれ以上の経験が窺える。
ただ私は嫌いだな。こういう男性って……
今までの苦労を履き違えたように、強い怨嗟が全身から漂っている感じがして……

それに冷たくて怖い瞳。
こんな目に射抜かれたら、誰だって怯えると思う。

現に私だって……
さっきから全身の震えが止まらない。
でもあの子は……有里はこの男に身体を好きにされた。
怖くて、死ぬほど辛い思いをして……
だったら自分も……

私は大きく息を吸い込み吐き出すと、くちびるを動かした。
ううん、違った。くちびるが勝手に動いていた。

 

 

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