兄の身代わりに身体を好きにさせる妹

 

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第26話
恥辱にまみれる決意


8月22日 金曜日 午後9時10分  水上千里

「その後のことは、私から説明しましょう」

松山先生は、再び椅子に腰かけると私の顔を見た。

「実はですね。水上君の投身自殺は、あなた達親子を欺くためのお芝居だったんですよ」

「お芝居って……どうして、兄がそんなことを……?」

「当時、水上君は医療上大きなミスを犯していてね。訴訟騒ぎが起きていたんだ。焦った彼は自分の上司に泣きついて、なんとか穏便に運んでもらえるよう頭を下げた。だが、問題の根は想像以上に深くてね。上司の一存でなんとかなるレベルを超えていたんだ。
このまま事が大きくなれば、彼の医師免許どころか、この病院さえ危うくなる。当時、その病院に私も勤めていたからよく覚えているよ。あの時は、私も失業かと思ったからね。
だが、病院は存続できた。あるお方が、救いの手を差し伸べて下さったお陰でね。
その方の解決方法は、実に素晴らしいものだった。まず、訴訟を起こさせないために、水上君は自殺したことにして死亡届を提出させる。そして、君達家族を欺くために献体という手を使った。もちろん、署名は水上君が自ら書いてくれた。
いやあ、うまくいきましたよ。結局、訴訟は起こされず、病院も無事だったんだからね。後は、あの方の条件に従うだけ……」

「その方の条件って?」

私は松山医師の説明を聞きながら、信じられない思いだった。
正義感の強い兄が、職場でこんな卑劣な行動をとったなんて……
でも……それ以上に心配なことがある。
兄はどうなったの?

「それが、我々にとってはあまりにも意外な条件だった。水上君をその方の会社で、社員として雇いたいと言うんだからね。彼は、戸籍上死んだことになっている。このまま病院にいてもらっても困る人材だったから、こちらとしても好都合だった。あとは苗字が水上では、あちらさんも嫌がるだろうから、取り敢えず父方の旧姓である横沢を名乗らせることにした」

「それでは、兄の名は横沢良一?」

「そう。確かあなたも……以前は、横沢姓を名乗っていたんだってね」

松山医師はいつの間に取り出したのか、私のスナップ写真が何枚も貼られたファイルを開いていた。
私の職場でのナース服姿、ラフな私服でアパートでくつろいでいる姿。
いったいいつ撮られたのか?
きっと、盗撮されてたんだ。
だとすると、この男の狙いって?!

脇を引き締めた私に、松山医師は下卑た笑みを投げ掛けながら話を続けた。

「苗字を変更し、うまくあなた達親族をだましたものの、まだひとつだけ、良一君には施さないといけないことがあってね」

「兄を、兄に何をしたんです!」

私は感情を失い人形のような兄の姿に、不吉なものを感じて思わず声を荒げていた。
それなのに、お兄ちゃんは表情ひとつ変えてくれない。

「そんな、大それたことはしていませんよ。ただ、水上君の精神をイジッテあげたんです。要するに、マインドコントロールです」

「そんなことが……?!」

「ええ、可能です。水上君には、特に強力なものを施していますから、ほとんど私たちの言いなりでしょうね。どうやらその方は、言いなりになった水上君を使って、法律違反すれすれの仕事をさせていたのではないでしょうか。というより、犯罪行為をさせていたかもしれませんね。何といっても彼は、もはや人間ではありませんから」

「ひどい! アナタの方こそ、人間じゃない。私の兄を……お兄ちゃんを返してよ! この人でなし!」

私は、兄の元に駆け寄った。
そして手を取る。

「さあ、お兄ちゃん。帰ろう。今まで辛かったでしょう。ごめんね、千里は何も知らなかったの。ねえ、お兄ちゃん!? なにか……言ってよ!」

「だから無駄だと言ったんです。残念ながら、あなたの言葉には反応しません。仕方ありません。そこで見てなさい」

そう吐き捨てるように言うと、松山医師は兄の顔を見つめた。
一言だけ命令を掛けた。

「自分の首を絞めなさい!」

お兄ちゃんは顔の表情を変えることなく、両腕で自分の首を掴むと、指先に力を込めた。

う、嘘でしょ。
自分で自分の首を締めるなんて?!
でも、そんなことって……!

「くぐっ……うぐっ……ぐっ……ぐぅぅッ……」

喉から断末魔みたいな呻き声が漏れる。
顔が、死人のように青ざめていく!
お兄ちゃんが……お兄ちゃんが、このままでは死んでしまう?!

「止めてぇ! 止めさせて下さい! お願い……お願いします……」

涙ながらに懇願していた。
ナースキャップが振り落とされるほどの勢いで、頭を振っていた。
さっきまでと態度が違ったって、そんなのどうでもいいじゃない。

せっかく会えたのに……それなのに……
たったひとりのお兄ちゃんを、こんな形で失うわけにはいかなかった。

「先生、ごめんなさいっ! 失礼なことを言って……本当にごめんなさい! だから……兄を、早く……兄を助けて! 早くして……死んじゃう!」

気が付けば、土下座までしていた。
冷たくて無機質な床の上に額を擦り付けて、喚くように懇願していた。
そうしたら、声が空から降って来た。

「分かればいいんですよ、わかれば……これで私に逆らえばどうなるか、理解できましたか? ついでに千里さん。あなたの身の振り方も、考えておいてくださいよ」

先生は、兄に向って再び命令を掛けた。

「止めなさい!」

兄の両手が動きを止める。
役目を終えて下に降りて行く。
血の気を失った死人の肌に、僅かながら赤みが差した。

「よかった……」

私は、床にひれ伏したまま涙を流していた。
人前で泣くなって、誰かに言われたことがある。
でも、我慢出来なかった。
これは嬉し涙なの?
それとも悔し涙?
ううん、いろんなのが入り混じった、ものすごく塩辛い涙。
だったら泣いてもいいよね。
だって、目がしみて辛いんだから……


「それでは千里さん。もう一度聞きますよ。あなたも、こういうことに興味がありますよね?」

男の尊大な声が、また空から降って来た。
床にうずくまった私の前で、先生は椅子に仰け反るように座って、まるでどこかの国の指導者みたい。
そして声を追いかけるように、数枚の写真がヒラヒラと舞った。

私は床に散った写真を全て回収し、男の前に進み出た。
そして小さくうなずいた。
手に持った写真は、最早、見る必要はないと思う。

「ほーぉ。千里さんは、人前で肌を晒すのが大好きな変態だと認めますね?」

私は感情のないロボットのように、もう一度うなずいた。

尊大な声に、侮蔑的な言葉。
しかし、心がマヒしかかっている私には関係ない。

仕方ないでしょ。
僅か10分ほどの間なのに、今まで生きてきた中で経験したことがないような、そんなショックの連続だったんだから。
でもね、心の片隅に追いやった理性が薄々感づいている。
おぼろげながら、私の首に鎖が巻き付いたことを……

 

 

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