混雑した駅の中で女の子がアソコの痛みを告白

 

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第26話
いつもと違う朝の風景


8月12日 火曜日 午前8時40分  早野有里

わたしが駅に着いたのは、通勤時間のピークをやや過ぎた頃だった。
駅の構内は、急ぎ足で頑張るサラリーマンさんに混じって、若さと体力を持て余した……
要するに、わたしのような学生をちらほらと見かけるようになる。

ちょうど上りの電車が出発した直後なのか、改札口は降りて来る乗客で込み合っていた。
わたしもその間を縫うようして、いつものようにショルダーバッグから定期券を取り出し……?!
ピタッと歩みが止まった。

後ろに続く若い男性が不満そうに溜息を吐きながら、わたしの横をすり抜けて行く。

「どうして、あなたが……!?」

顔が一瞬で強張った。
ひとりの男が、券売機の端から手招きしている。
その空間はエアーポケットのように人気がなくて、まるで人払いの結界でも張っているよう。

でも、ちょっと考えれば理由は簡単に説明がつく。
この時間帯、乗客のほとんどは定期券を使用し、切符を購入する人なんて極少数だから。
その証拠にわたしも定期券を持っている。

でも、それどころじゃないくらい精神は追い詰められていた。
わたしは誘われるままに男の……ううん、副島の元へ歩いていた。


「有里様。おはようございます」

副島は右手を胸に当てがい頭を大きく下げて、テレビに出てくる執事のような態度で挨拶した。

わたしは一瞬あっけに取られながら、早口でまくし立てた。

「やめて下さい! 人が見ています。それに、どうしてあなたがここに来るんですか?」

わたしの地声が大きいのか?
副島の態度に興味を惹かれるのか?
何人かのサラリーマンさんが、チラチラとこちらを窺っている。

「そんなぁ、朝から早口でしゃべらないで下さい。頭がキンキンしますよ。私は朝が苦手なんです」

「それなら、来なければいいでしょっ!」

「そうは参りません。私は有里様の処女をいただいた者として、その後の体調を管理する義務があります。因みに、オマ○コの痛みは取れましたかぁ?」

……今、何て言ったの?!
みんながいる前で、また禁断の単語を……!

もうわたしは、この駅を利用できないかもしれない。
ほら、見てよ。この人のハスキー声に、また何人かがこっちを見ているじゃない。

「ちょっとぉっ! 声が大きい。こんな人前で、よくもそんな……第一そんな卑猥な質問……答えたくありません!」

わたしは改札口に背を向けて、顔を見られないように注意しながら、副島を睨みつけた。

「それは困りますねぇ。あなたは私に従う義務があります。これを、お忘れですかぁ」

副島はそう言うと、ズボンのポケットから折り畳んだ書類を取り出して、表彰式で賞状を渡すように厳かに読み上げ始めた。

「えーっ、ひとーつ。私の時間、行動は、全て定められた管理者の管轄の下に……」

「……ちょっと、何の真似よ?!」

これって……わたしの契約書!
この人、こんなものを持ち出して……許せない。
それに、こんな姿を誰かに見られでもしたら……!?

「お願い、んな所で読まないでよ。わかりました。答えるから……あの、アソコは……まだ少し痛いです……」

目の周りが熱くなって、声を出そうにも喉が震えた。
そして答えさせられながら、わたしの視線は周囲を走り回っている。

わたし、またこの男に苛められている。
公衆の中で、こんな恥ずかしい質問に答えさせられている。

「声が小さいですよぉ。それに面白みのない答えですねぇ。まあ、いいでしょう。それと出血はしていませんか? トイレでティッシュに血がつくとか?」

「いえ、大丈夫です。出血もしていません。もういいでしょう……講義に遅れたくないのよ」

もう、こんなの嫌っ! 
なんでもいいから早く理由を作って、この場を離れないと……

わたしはわざと構内の時計に目をやり、乗客の列に戻ろうとした。

「待って下さいよぉ。今日は私も付いて行きます。管理者は、契約者の生活全てを知る権利がありますからねぇ」

今、なんて言ったの?
この男と大学……? 
……冗談じゃないわよっ!
やだ、想像しただけで鳥肌が立ってくる。

わたしは、セールスを撃退するような目で副島を睨みつけた。

「嫌よっ! そんなのお断りっ! 第一ここであなたに協力しても、わたしと父にはなんのメリットもないじゃない。あなたとの行為は病院のあの部屋だけで充分でしょ。それにここでは、あなたのだ~い好きな撮影も出来ませんよぉ~だ……ふふっ……」

そう。嫌なことはハッキリと。
そして控えめ気味の嫌みを……
さあ、今のうちに早く逃げ出す口実を探さないと。

わたしはこの状況から脱出しようと、援軍を求めるように周囲をぐるりと見回した。
誰か知り合いでも……?
でも、この男と一緒というのは困るし……

……何か良い材料はないの?
きみも暇そうだから探してよ。

「いいえ、そうとも限りませんよぉ。まあ、それは追々説明するとして……ちょっと切符を買うので待っていてもらえませんか? えーっと、小銭入れは……?」

なによ、副島の自信過剰な態度は!
わたしは焦っているのに……ダメッ、イライラしてきた。

……ん? きみ、何を見ているの?

あっ! 副島が財布から小銭を取り出そうと中を覗き込んでる。

……そういうことね。
では、今のうちに……

わたしは、そぉーっと男の背後に回ると定期券を取り出した。
そして一気にダッシュッ……!
目指すは、乗降客で込み合う改札口。

電光掲示板の文字が目に飛び込んで来る。
残り1分で下り電車が発車……!

「有里さぁーん。待って下さぁーい」

券売機の方から変な声が聞こえるけど『あれはわたしには関係ありません』という顔をして、2階の乗降ホーム目掛けて全力疾走した。
目の前に、エスカレーターと階段が立ち塞がる。

……さあ、どっち?

わたしは迷わず階段を選択すると、一段飛ばしで一気に駆け上がる。
猛然としたダッシュに、何人かの乗客が驚いて振り向き立ち止まった。

でも今はそれどころじゃないの、ごめんね。
胸の中で手を合わせながら、ラストスパートをかける。

これってまるで、高校時代にやらされた階段ダッシュみたい。
まさかこんな時に、部活で先輩にしごかれた経験が役に立つなんて……

ホームに駆け上がったわたしの前方に、銀色の車両が姿を現した。

……息が上がってくる。
鈍い痛みが、再び股のつけ根を襲ってくる。
でもあの男と一緒の一日を想像すると、こんなの全然我慢できる。

もう少し……なんとか間に合いそう。

わたしは、空いている扉からすれすれで駆け込んだ。
同時に発車ブザーが鳴り、背後の扉がエアー音を二度残しながら閉まっていった。

「はあっ、はあ……はあっ、はぁ……」

こんなにハードに身体を動かしたのは、何カ月ぶりだろう。
まだ心臓がドクンドクンと鳴っている。
こんなことなら、毎朝ジョギングか何かしておけば良かったかな。

「すぅ~っ、はぁ~っ……すぅ~っ、はぁ~っ……」

わたしは呼吸を整えようと、大きく息を吸い込みゆっくり吐き出し、それを何度か繰り返した。
窓の外の景色がゆっくりと流れ出し、車両は軽いモーター音を響かせながら何事もなかったように走り始めた。

……まさか、乗ってないよね。

わたしはさりげなく周囲を見回して、安堵したようにふーっと息を吐き出した。
気が抜けたせいか、髪の生え際から玉粒みたいな汗が後から後から流れ出し、ほっぺたから首筋をベットリ濡らしている。

「どうして朝からこんな目に会わなきゃならないのよ!」

わたしは腹立たしげにつぶやきながら、いつもの定位置に身を寄せた。
ショルダーバッグからハンカチを取り出し、押えるようにして丁寧に汗を拭い始めた。

もう、こんなのこりごり……

きみも疲れたでしょ?
わたしの後ろをピタッと付いて来てたもんね。
なかなか、やるじゃない。

……ああそうだ。さっきはありがとうね。
おかげで、あの男を振り切ることが出来たしね。
これからもよろしく頼むよ。

 

 

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