少女膜を失った痛みが再発?

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第24話
ちょっとだけいい話


8月12日 火曜日 午前0時50分  早野有里

もう少し、ゆっくり歩いてよ。
わたしがそう思っても、前を歩く人には気が付いてもらえない。
それどころか、ストライドの幅を生かすようにドンドン加速していく。

こんなところで見失ったりしたら……?
頭の中をいろんな妄想が走り始めている。

オバケ! ユウレイ! オバケ! ユウレイ! オバケ! ユウレイ……!

「もう、待ちなさいよぉっ……」

思わず出した声は、震えていた。

わたしは、男に追いつこうと無理をして速足で歩いた。
太腿どうしが、歩くたびにこすれるように触れ合ってしまう。

……やだぁ。また、痛くなってきた。
腿のつけ根を、鈍い痛みが襲ってくる。

もしかして……出血とかしてないよね?

アソコから流れ出た血が、下着を汚すのを想像して身震いする。
そうしたら、自然と歩くスピードがゆっくりになった。

……どうしよう……はぐれちゃった。

案の定、見失った。
暗くて無音の世界に、わたしの息づかいだけを耳が捉える。
……こわい。

コツ、コツ、コツ、コツ……

足音が聞こえる。
それも、だんだん近くなってくる。
通路の先に人影が現れ、足音に合わせるように近寄ってくる。

まさか……
オバケ! ユウレイ! オバケ! ユウレイ! オバケ! ユウレイ……!

「だ、だれ……?」

小さい心細い声で聞いた。

「……」

「あなたは……!」

目の前に立っていたのは、無口なあの人。
心配して、戻って来てくれたのかな?

女の子をこんな怖い目に会わせて……出来の悪い用心棒さんね。
そう思ったけど、どうしてかな……やっぱり嬉しい。

わたしは何も言わずに、感情のない目に視線を合わせた。
そこに昔懐かしい、なにかキュンとなるものを感じた。

……わたし……この人と、どこかで……?
でも、今は思い出せない。

……それにと言って、現実が悲しい思いを胸に注ぎ込んでくる。
多分、この人は知っていると思う。
今夜、あの部屋で……わたしが何をさせられたのか。
胸の中に、現実という名の酸っぱい悲しみが広がった。

怖くて不気味な暗闇だけど、ほんの少し感謝しようかな。
目が潤んでいるのに気付かれなくて……ほんと良かった……

その後無口な人は、6階の個室フロアーまで無事に案内し終えると、わたしを置いて暗闇に溶け込むように去って行った。

わたしは消えていく男性に頭を下げながら、胸の中で囁いた。
ありがとう……ちょった風変りなボディーガードさん。
次に会うときには、何かしゃべってね……

「さあ、お父さんの病室へ行かないと……」

無口な人がいなくなって、今度こそ有里ひとりだけ。
音も無く静まりかえった廊下は、うす暗くてなんだか寒々しい。

わたしは非常灯の明かりを頼りに、暗い廊下を怖々と歩いた。

「……早野勇」

お昼間とは違う雰囲気の中、父のネームプレートを見付けた。
ほっと胸をなでおろしていた。
そして、静かに扉を引いた。

お父さん、会いにきたよ……

暗い室内から、規則正しい寝息が聞こえてくる。
そっと足音を忍ばせながら、父の眠るベッドに近づいていく。
昨日も、今日も会っているのに……
無性に懐かしくて、せつない思いが胸を突き上げた。

それなのに……顔を見るのが怖い……
こんなに会いたかったのに……なぜかな?

わたしは息を止めて、枕元に寄り添った。
そして、寝息を立てる父の顔をそっと覗き込んだ。

暗闇の中で、死んだように眠る父……
痩せて精気を失った顔が、仄かに浮かんでいる。
それでも、胸の確かな上下が生を教えてくれた。

わたしは、眠る父に話し掛けた。
ただし起きないように、小声でそっと……

「……お父さん、ごめんね。こんな遅くに会いに来て。理由は……聞かないでよ。わたしにも、色々あるんだから……
あ、お母さんとわたしが、昼間に会いに来たこと、お父さん知ってる? 今日だけじゃない。毎日だよ。そう、この1週間は家族3人水入らず……みんな応援してるんだから、お父さんも頑張らなくちゃだめだよ。
……わたしもね……がんばったんだよ。少しは褒めてもらいたいな。それとも、怒られるかな。
……どっちでも、いいよ。わたし、お父さんの病気が治るなら……ううん、なんでもない。早く良くなって、また家族一緒に暮らしたいね。それと……今日は、ここに泊っていいでしょ。お父さんと一緒に、いてもいいでしょ。そうしたら、明日からも頑張れそうだから……」

父の寝顔が揺らいだ。
わたしは、音を立てないように丸椅子に腰かけた。
張りつめた糸が切れたように、手足の力が失われていく……

いつまでも寝顔を見ていたかったのに、睡魔が迎えに来たみたい。
……わたし、ちょっと眠るね。
おやすみなさい。お父さん……

まぶたが自然に閉じられ、身体が壁に寄り掛かっていく。
夢の中で奏でられていたのは、お父さんとわたしの寝息のハーモニー。
けっして、歯ぎしりとイビキではないので……あしからず。

……どう。ちょった泣けたかな?

 

 

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