父親の命の危機に娘は?!

 

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第8話
父、危篤!!


8月 4日 月曜日 午後7時  早野 有里

それから幾日か経ち、季節は一番夏に相応しい8月に入っていた。

連日の猛暑にわたしの体力も下降気味、自慢の食欲も少々ダウン。
……それに比べてお母さん、身体の方だけは元気だよね。
慣れないパート勤めをしながら、時間の許す限りお父さんの付き添い。
それにわたしの食事に、家事全般。
なのに全然痩せてこない。

ある意味すごいと思う。
わたしも見習いたいような……そうでないような……

そんなある日のこと……
その日は、真夏にしては珍しく朝から憂うつな雨が降っていた。

「おじさん、今日はお客さん少ないね」

わたしはテーブルを拭きながら窓の外を眺めていた。
どんよりとした雨雲のせいで、店の中まで暗い。

「仕方ないさ。たまには、こういう日もあるってことよ……」

「あら、随分と余裕ね。おじさん」

やっぱり、この人は偉いな。
……わたしにはこんな余裕全然ない。ちょっと見習おうかな。

結局その日は、季節外れの雨に『そば屋並木』はノックダウンさせられた。

「有里ちゃーん。そろそろ店を閉めるから、暖簾を頼むよぉ~」

調理場から、多少落ち込んだおじさんの声が聞こえた。
わたしは少し低めのトーンで返事をすると、磨りガラスの引き戸に指をかける。

トゥルル、トゥルル、トゥルル、トゥルル……♪♪

その時お店の電話が、空気の読めない困ったちゃんみたいに鳴りだした。

「いいよ、おじさん。わたしが取るわ」

電話に出ようとしたおじさんを制して、わたしは受話器を耳にあてた。

「はい、そば屋並木で……あっ、お母さん? どうしたの……?」

「有里ッ! お父さんが……!」

「お母さん、しっかりして! 何が……あったの?」

「今、病院から連絡があって……お父さんが発作を起こしたって……それでお母さん、今からお父さんの所に行くから……そのことを、有里にも知らせておこうと思って……」

「うん、分かった。わたしも直ぐ行くからね。それまで、お父さんのこと頼むね!」

慌ただしく受話器を置くと、心配そうに顔を覗かせたおじさんに事情を話した。

「そう言う事だから……ごめんね、おじさん……」

「店のことはいいから、早く行ってやりな。タクシー代ならおじさんが出してやる。さっ、早くっ!」

「……ありがとう。それじゃ行くね」

エプロンをむしり取るように外すと、表へ飛び出し大通りへ急いだ。
そして通り掛ったタクシーに乗り込むと、父の待つ総合病院の名を告げる。

わたしは祈るようにつぶやいていた。

「お願い。がんばって……お父さん……」

わたしが病院に駆け付けた時には、父は治療の真っ最中だった。

一階にある集中治療室の前で、母は頭を抱え込むようにして椅子に座っている。
わたしは恐る恐る声を掛けた。

「お母さん……お父さんは……?」

「あっ、有里……来てくれたんだね」

母の表情に最悪の結果が訪れていないことを確認すると、少し安心する。

「うん。で、お父さんの具合は……?」

「それが……お母さんも今着いたところなの。病院の話によるとお父さん、急に発作を起こしたって……それで家に連絡が入って、あなたに伝えた後、慌てて病院に駆け付けたところなのよ。今、先生が診察しているところ」

髪が乱れたままの母を見れば、事態の深刻さは分かるつもり。
……でも、悪い夢を見ているみたい。
わたしは、これは現実なんだと自分に言い聞かせながら、治療を受ける父の姿をガラス越しに追った。

……30分……1時間……
やっと治療室のドアがひらく。

「せ、先生……主人は……」

先に席を立ち上がったのはお母さんの方だったけど、後の言葉が出てこない。
父の担当医である松山先生は、小さくうなづくとわたし達ふたりを手招きした。

「どうぞ、こちらへ……」

案内されたのは、父がいる集中治療室に隣接する診察室。

「先生……父は助かるんですか?」

わたしは、口を閉ざした母に代わってストレートに聞いた。
そして返ってくる応えに恐れた。

「……命は取り留めました。ただし、非常に危険な状況です」

それじゃあ、どっちなの?
覚悟していたものと微妙に違う回答に戸惑いがでる。

「後は、早野さんの気力次第と言ったところでしょうか」

「気力ですか……」

「はい、そうです。それと、持ち直したとしても、また発作が起きる可能性もあるということをお忘れなく」

わたしは人ごとのように淡々と説明する先生に、素直にお母さんと一緒で良かったと思った。
ひとりだと、もっと失礼な言い方をしていたかも分からないし、自分はこの人が苦手だから……

「それでは、発作が起きなければ父は助かると……」

「……ええ。ただし……意識が戻るかまでは分かりません」

歯切れが悪くて、返ってくる応えはこの後も悲観なものばかり……
わたしは落ち込む母を抱きかかえるようにして診察室を後にし、集中治療室の前に戻って来た。

「お母さん、無理かもしれないけど元気だして」

「……」

「ほら、先生も仰ってたでしょ。発作さえ起きなければ大丈夫だって」

「でもね、有里……」

「それ以上、言わないでよ。わたしにも、そのくらい分かっているんだから……」

「ごめんね、有里……お母さん、頼り無くて……」

「もう、また泣く。それより今夜はどうするの? 先生にお願いすれば、一晩くらい泊めさせてもらえると思うけど……ちょっと聞いてくるね」

これ以上落ち込むお母さんなんて、見ていられない。
わたしはその場から逃げるようにして、再び診察室に向かった。

 

 

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