第3話
レッツ・バスタイム?!
7月18日 金曜日 午後9時 早野 有里
「ただいまーっ!」
続けて、お母さん怖かったよ!
そう思わずしゃべりそうになって、わたしは慌てて口をつぐんだ。
「あら、お帰り。何かあったの?」
ほら、感の良い彼女は気付き始めている。
「ううん、なんでもない。それより……今日は早かったでしょ」
「そうね、いつもよりね」
ここは、急いで話題を変えなくちゃ。
「うん。今日はもう帰っていいって、並木のおじさんが……後片付けは俺がやるからって。別に、押し付けたわけじゃないよ」
なぜか後半、早口でしゃべっていた。
こんな言い方をすれば今日の頑張りが無駄になってしまうけど、今は仕方ない。
「そうね、信じるわ。それより、お風呂が沸いているから先に入りなさい」
「はぁ~い」
わたしは、わざと子供っぽい返事をしながら浴室に向かった。
この人が誰なのか、きみにも分かるでしょ?
そう。彼女がわたしのお母さん。
名前は、君枝っていうの。
お料理が上手で、何にでも良く気が付いて、それに優しくて……
あえて短所を探せば、う~ん、気持ちが優しすぎること。
悪く言えば気が弱い。
それに、ちょっとオットリしていて運動は大の苦手。
どちらかというと、負けず嫌いで身体を動かすのが大好きなわたしとは正反対。
足して2で割れば丁度いいかも……
顔なんか、未来のわたしにそっくり?だと思う。
スタイルは、お世辞にも良いとは……
少し前までは、昔の服がどんどん着られなくなって……
ウエストがゴムのスカートばかり履いて……
その割にわたしの倍くらいご飯だけ食べて……
でも、そんなお母さん好きだったな。
今は、何かあるとスグに涙ぐむ……
これもお父さんの病気のせい?
「暑いからって、烏の行水はダメよー」
「わかってまぁーす。もう、いつまでも子供扱いして……」
脱衣場に入ると、わたしは身に着けているものを1枚だけ残してサッと脱ぎ去った。
えっ、残りの1枚……?
……そんなの……聞かないでよ。
足元から吹き付ける扇風機の風が、スゥーッと肌に直接触れて、しばらくこのままでいようかなと思うくらい気持いい。
それなのに「グゥーッ」と、お腹の鳴る音が邪魔をした。
仕方ないから、早くお風呂に入って晩ご飯を食べようかな。
それではお待ちかね?の最後の1枚に手をかけ、両手でするすると肌上を滑らしていく。
そして、紐状になったそれを足首から抜き取った。
少し弱めの照明の下、洗面台の鏡に上半身裸の少女が映っている。
誰のことって?
もちろん……わたし……
中学、高校と運動部で鍛えたから、今のところ無駄な脂肪も一切なし。
さあ、汗を流そうかな。
わたしは浴室の扉を開くと中に入って行った。
7月18日 金曜日 午後9時20分 早野 君枝
リビングの壁越しに有里の鼻歌が聞こえてくる。
「もう、あの子ったら……」
まだまだ子供ね、と言おうとして私は口を閉ざした。
そして「ごめんね、有里。あなたにまで迷惑をかけて……」
代わりに口をついたのは謝りの言葉。
いけないと思いつつも、つい口走っている。
あの人が入院してから確かに私の気持ちは弱くなった。
何気ない言葉に胸が抉られたり、悲しみから涙が止まらないこともある。
「少し、あの子の元気を分けてもらおうかしら」
私は天井を見上げて気分を落ち着かせると、出来あがった料理を食卓に並べていった。
あとは有里がお風呂から上がって来る直前に、お汁を温めれば出来あがり。
お母さんが有里に出来るのはこのぐらい。
「ごめんね」
また同じ言葉を私は呟いてしまった。
7月18日 金曜日 午後9時30分 早野 有里
「ふーぅっ、いい気持ち……♪」
熱めのお湯が今日一日の疲れを忘れさせてくれる。
わたしは湯船の中でくたくたの手足を、マッサージするように揉みほぐしてあげた。
はぁーっ、気持良すぎてこのまま眠ってしまいそう。
ううん、本当に眠たくなってきた。
このままではまずいなぁと思って、眠気を振り払うように頭を軽く振ると浴槽を出ることにした。
「ちょっと長く浸かり過ぎたかな。頭がくらくらする」
ボーッとした頭の中、シャワーをぬるめにセットし、火照った肌を冷ますように肩から背中にお湯を掛け流していく。
そして滑らかな肌の感触を楽しむように、手のひらのスポンジでやさしく撫でる。
自慢じゃないけど、わたしの肌って白くてきれい。
背中からお尻も、ほら、染みひとつない。
スタイルだって、それほど悪くないと思うよ。
胸のふくらみもツンと前を向いているし、お尻のお肉も全く垂れていない。
ウエストも、モデル並みとはいかないけれど、キュッと締まっている。
でもね。気になるところも、いっぱいあって……
全体的に、なんというか子供っぽいというか、アンバランスというか……
要するに成長途上の身体ってこと……
特に、胸はもう一回り大きくなって欲しいな。
高校生になった頃から急に発達し始めて、人並みにはなんとか追い付いたけど、まだまだ大人の女性って感じじゃないんだよね。
青くて未成熟な果実ってとこ……
それに男の人って巨乳が好きなんでしょ。
だからテレビに出てくるアイドルって、ボヨーンッて感じで、わざと胸の谷間を強調したり、フクラミがはっきりわかる服を着たりしているのかな。
でもね……聞いた話だと、貧乳の方が感じやすいんだって。
アレの時に甘い声をだすのは、そっちかもしれないよ。
……いやだ。自分で言って恥ずかしくなってきた。
でも、それ以上に深刻なのはお尻の方かな。
肌にも弾力があって、お尻の筋肉にぎゅっと力をいれるとヒップ全体が上を向いて……
それのどこが不満って……?
実はね、ヒップの大きさ。
こっちは胸と違ってもう充分に大人ってかんじ。
胸が未成熟なら、お尻は完熟した果実。
……あっ、また言っちゃった。
でも、これ以上は大きくなって欲しくないよね。
だって、歩くたびにお尻が揺れるのって恥ずかしくない?
……えっ、見てみたいって?
いやだよ。見せてあげない。
……これって、贅沢な悩みなのかな。
でも、女性なら完璧なプロポーションに憧れるよね。
さあ、前の部分もシャワーを掛けてお風呂から上がろっと。
ねえ、いつまで見てるの?
これ以上は、だーめっ!
わたしの大切な処は、誰にも見せないからね。