【第5章(1)】
藍は悪夢のようなあの出来事から、まだ立ち直れないままの、ほとんど放心状態で学校を後にした。
家に帰るまでの間、藍の頭の中はさっき自分が受けた辱めの情景を、繰り返し思い浮かべていた。それ以外のことは、なにも考えられなかった。
(あんな恥ずかしいことを・・・ビデオに撮られて・・・)
(みんなに・・・高科先輩に・・・見られて・・・)
(あぁ・・これからもきっと、恥ずかしいことをされてしまう・・)
(あたし・・・どうしよう・・どうしたらいいの?)
藍は無理に、これからのことを考えようとしていた。考えているつもりだった。
「本当の藍」を取り戻すために・・「もう一人の藍」から逃れるために・・。
あんなに酷いことをされたのに・・・
あんな恥ずかしいことをさせられたのに・・・
しかし、あの情景をいくら思い浮かべても、悔しさも恥ずかしさも湧いて来なかった。
「本当の藍」を取り戻すことは出来なかった。それは「もう一人の藍」が「求めていた」からだった。
藍は、自分がどうやって帰ってきたのかも定かでないまま、どうにか家に辿り着いた。
家族には顔を見られたくなかった。黙って自分の部屋に入ると、暫く呆然としていた。
そのままズッと一人でいたかった。でもそれは、できないことだった。いつもの時間になると食事に呼ばれ、仕方なく食卓に着いた。
食卓で藍は、秋や両親に悟られまいと無理に明るく振舞っていた。しかしそれが逆にわざとらしく映っていたらしい。
食事を終わって藍が席を立つと、秋もすぐにその後を追った。
「おねーちゃん!」
後ろから秋に呼ばれ、藍はどきっとした。
「・・なっ、なに?」
藍は裏返った声で返事をした。そのことが一層不安を募った。
「おねーちゃん、最近少しヘンだよ? なにかあったの?」
秋は藍を心配するように、そう聞いた。
しかし藍には、秋が勘ぐっているようにしか受け取れなかった。昔から秋は藍の行動には鋭く、何かと詮索することが多かったからだ。
「べ、別に何もないよ・・ヘンかなぁ?」
「うん、おかしい。妙に明るいし。おねーちゃん昔からなんかあると、ちょー明るくなるもん。」
藍は秋とこれ以上話していると悟られてしまうと思い、
「なんでもないよっ! 秋。あんた、このごろうるさいよっ!」
とどなって部屋に入ろうとした。
が、秋の次の言葉を聞くと、開きかけたドアの前から動く事ができなくなってしまった。
「・・・おねーちゃん、あたし、昨日、見ちゃったよ。」
秋のその言葉に、心臓が止まるかと思った。
(秋に何か知られてる! 何を知ってる・・の?・・)
「・・・な、何を見たのよ?」
藍は声が震えそうになるのを無理に押さえ、恐る恐る秋に尋ねた。
秋は、そんな藍を焦らすように暫く黙っていたが、やがて内緒話をするように、小さな声でゆっくりと言いだした。
この作品は、ひとみの内緒話管理人、イネの十四郎様から投稿していただきました。
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