【第1章 (5)】
「もうそのままうちに帰っていいからな。」
岸田はそういうと、外に待たせてあったタクシーに藍を乗せた。
「で、でも・・」藍が何か言おうとすると、岸田はそれを遮り「所長には俺からうまく言っといてやるから、心配するな。」と藍の肩を叩いた。
ドアが閉まると、岸田を残し藍だけを乗せたタクシーが走り出した。
藍が後ろを振り返ると、岸田は見えなくなるまでそのまま立っていた。
タクシーの中で藍は、今日あった出来事を思い出し顔を赤らめた。
仕事とはいえあんな格好にならなきゃいけないなんて、でもあのくらいのことはあたりまえなのかな・・と思いを巡らせた。が、疲れていたためそのうち眠ってしまった。
藍が目を覚ますと、タクシーは既に家に到着していた。
藍は車を降り、玄関へ向かった。が、すぐに足を止め、今の自分の顔を想像した。
「きっと泣いたのがばれちゃう・・」
少し周りを歩いてから家に帰ろうと思い、足を反対に向けようとしたが遅かった。
玄関が開く音がした。
藍はびくっとして見ると、やはり秋だった。
秋には、秋にだけは見られたくなかった。
「おねえちゃん、どうしたの?」
秋は様子がおかしい藍に尋ねた。
「な、なんでもない。」
何食わぬ顔で秋を振り切り、藍は玄関へ向かった。
「なんでもないって、目のあたり、はれぼったいよ。」
秋は見逃さなかった。
藍はばつが悪そうに「なんでもないよ! ほっといてよ!」と秋に言い返した。
秋はすこしむっとした様子で、「どうせ仕事で叱られて泣いたんでしょ?」と意地悪そうに藍に言った。
藍は秋を無視して洗面所で顔を洗い、自分の顔を鏡で確認した。
「だいじょぶ・・だね。」自分を納得させるかのように藍はつぶやいた。
「あ、そうそう、お姉ちゃんにって学校の友達がこれ置いてったよ。」と秋は封筒を手渡した。
「え、なんだろ?」藍はそれを受け取ると自分の部屋へ入っていった。
封筒には本のように綴じたコピー用紙が入っていた。表紙に「愛の憂鬱」と書かれていた。
「あっ、脚本、もうできたんだぁ! 結構クサいタイトルだね。」と呟きながら、ページを開いた。
文章は雑だったが内容はしっかりしていて、すぐ引き込まれていった。
兵役から脱走してきた恋人を匿い、自らが捕らえられ絶望するが、それでも愛しつづける、そんな内容だった。
藍は今日の仕事場での出来事をすっかり忘れて読み読みふけっていた。が、半分ぐらい読んだ所で時計をみると、既に1時を過ぎていた。
「あっ、そろそろ寝なきゃ。明日が楽しみだな」
藍はすっかり気分を取り直し、疲れていたせいもありすぐに眠ってしまった。
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